東海道五十三次旅日記(1)

東海道五十三次を歩いて旅した(2021425日~57日)

まえがき

2020270歳になり社長を辞し会長に就任した。27年間務めた社長を退いてからおよそ1年、20211月中旬、何気なくみた東海道五十三次を歩くと云う雑誌を読み、興味を持った。東京から茨城の地に生活を移した若い時、現場と営業で忙しい日々を送っていた反動で江戸時代の人が江戸から京都まで歩いていくのに一種の憧れがあった。この憧れを私はすっかり忘れていたが、旅から帰ってきて食事を取りながら、話をしていたら、家内から「あなたは昔から行きたいと云っていた」と云われ、潜在意識の強さを改めて感じた。還暦の時も潜在意識の中にフルマラソンに出場してみたいと云う思いが、60歳の挑戦という気持ちで、初マラソンをホノルルマラソン大会で実現した。思えば叶う。

20204月に新型コロナ感染拡大のため、非常事態宣言が出されてから、健康維持のため、近くの1周2.6kmの上の沼を25.2km、週3回歩いていたので、歩く事には多少の自信があった。東海道五十三次を歩くのに現在どの程度の歩く力があるか、試してみた。1月16日土曜日に実行し、自宅から小山駅まで片道23kmを歩き、帰りは水戸線で帰ってくるという計画だ。朝、カバンにペットボトル1本と携帯を入れ、5時に出発し、9時半に到着、およそ所要時間4時間30分。小山駅のハンバーガー店で45分間、食事と休息を取った。まだ余力があったので、携帯のナビで結城駅までの距離を調べたら、7kmなので、計画を変更して、結城駅まで合計30kmを歩くことにした。1時間半で結城駅に到着した。駅で電車を待っていた時、1日40㎞を歩くのは問題ないと早合点した。電車が来るまで40分間待合室のシートに座って待っていた。電車が入ってきたので、階段を下りた。その時の足の裏と股関節に痛みがはしった。更に新治駅について自宅に帰るまでの10分が長く感じるほど足が痛かった。股関節は歩き始めると痛みが和らいで、問題なかったが、手のむくみと足裏の痛みが取れなかった。就寝前に行ったストレッチの時、足の指がつってしまう。原因は水不足で一種の脱水症状だった。翌日の日曜日ゴルフに行った。ティショットを打ったとき左股関節が痛く、フォロースルーが取れなかった。歩くのは問題なかったが、スイングが出来ない。結局上半身だけで打ったので、散々たる結果に終わった。

その後、15km3時間のコースを設定し、週2~3回歩いた。2月、十分な準備をして自宅から小山駅往復46kmコースに挑戦した。前回の反省で靴下を厚めにし、リュックにペットボトル2本・携帯・バッテリー・タオル・財布をいれて、5時出発。足裏の痛みを和らげるため、ゆっくり1時間5km以下のスピードで歩くようにした。前回の反省で、長い時間座って休むとかえって足裏と股関節が痛くなるので、コンビニでおにぎりとパンを買い、ほとんど休まずに歩いた。46kmコースは初めてだったが、順調に歩くことが出来、約10時間で家に着いた。それから46kmコースを6回実施し、後半3回はリュックの重さを3㎏にした。長時間歩いても足裏の痛みを軽減するための方法を試行錯誤し、自信もついた。しかし毎日約40㎞、全行程約500km歩くのは未知の体験だ。71歳の挑戦だ。

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