2009年8月

シングルへの道(2)

月28日(日)、アジア下館カントリークラブ(茨城県桜川市)の副理事長杯決勝で3位に入りました。副理事長杯の予選は16日(日)に行われ、43・45の88で回り、ハンディキャップ15、ネット73の1オーバーで決勝進出の16人に入ることが出来ました。

 

28日の決勝当日、7:36の早いスタートですが、天気は晴れ。さほど気温は高くなくコンディションは上々でした。1時間前にゴルフ場に行き、練習を入念に行いました。当ゴルフ場は自宅から5分と近いためか、体調もよかった。

 

アジア下館カントリークラブ(6,878ヤード)は開場が昭和35年で、戦略性にとんだ平坦な林間コースです。残念ながら大分前に松林で覆われていたコースの松が松食い虫の被害を受け、景観が変わってしまいました。

 

番(538ヤードパー4)ではドライバーがフェアウェイ中央を捉え、2打目は4番アイアンで狙いどおり、残り95ヤードをアプローチでグリーンにのせて、惜しくもバーディーパットを外しパーで上がりました。

 

2番(437ヤードパー4)はハンディキャップ1の難しいコースです。ドライバーをミスショットし、左に引っ掛けてしまい、運よく150ヤード先の木の真下に落ちました。あぶなかった!! 2打目4番アイアンで残り80ヤードのところまでナイスショット。3打目サンドウェッジでピンそば50㎝によせパー4でピンチを切り抜けました。これで落ち着きを取り戻して、アウトコース4オーバー2バーディの38で上がることが出来ました。

 

45分の昼食後、10:48分インコーススタート。10番(462ヤードパー4)は大きくフックしダブルボギー、11番(177ヤードパー3)は5番アイアンで再度大きくフックしダブルボギー。なぜフックするのか原因がわからなかったが、気を取り直してインコース7オーバーの43で纏めることが出来ました。

 

トータル81のネット66で6アンダー。予選の88と決勝の81でトータル169、ネット139の5アンダーで3位になりました。ちなみに2位は138、 優勝者は128でした。

月、大洗ゴルフ倶楽部のハンデが15から13になり、シングルへの道を目指していきます。

シングルへの道

月26日、サニーフィールドゴルフ倶楽部(茨城県常陸太田市野口)の月例で優勝しました。当倶楽部の月例は今年から出場し始め、2回目で好成績を収めることが出来ました。私のハンデキャップは14.6ですので、Bクラス(6,566ヤード)の部門で出場しました。ハンデキャップ13以下がAクラス(7,094ヤード)になります。この日は大変ドライバーの調子が良く、特にパターも良かった。7時51分スタート。アウトコースは5オーバー2バーディの39、後半のインコースは6オーバー2バーディの40、トータル79、ハンデキャップ14.6、ネット64.47.6アンダーという成績で、ダントツの優勝でした。

この日は公式の月例競技で気持ちを集中することができ、何度かミスをしても気持ちを強く持ち続けることが出来たのが、好成績につながったと思っています。ゴルフの経歴は35年位になります。最初にプレーしたのは茨城県の和尚塚カントリークラブ(現桜川カントリークラブ)でした。72・74の146が、私の最初のスコアでした。それから父の運転手として年に4~5回ゴルフをプレーしていました。社長になってから月一ゴルファーとして成績が良いとストレス解消になり、成績が悪いとストレスがたまり、いつも思うように出来なくストレスがたまるスポーツぐらいにしか思っていませんでした。

  26号ブログ写真.jpg昨年の3月転機が訪れました。ダイエットを始めて4~5ヶ月後、身体が動くようになっていく感覚が、体の隅々に伝わってきました。ダイエットの方法はカロリーの過剰摂取を適正にし、筋肉を付けてカロリーを消費させることです。しかしジムに行って単調な筋トレとランニングマシンによる走りこみでは長く続けるのは難しいことです。はっきり言って楽しくないですネ。そこで私はダイエットを目的、食事制限とジムでのトレーニングを手段と考えるのをやめて、目的はゴルフが上手になること。トレーニングは手段であると考えました。ゴルフは上手になれば楽しくプレーすることが出来ます。楽しければ長続きすると考え、結果としてダイエットも成功すると考えた訳です。そこでメンバーコースでハンデキャップを取得し、ハンデキャップをシングル(9以下)にすると明確に目標を決め、トレーニングをしてきました。

 

このように考えていくとダイエットも楽しく出来ます。私はゴルフを選択しましたが、自分で楽しいと思うことであれば、何でも良いと思います。目的と手段を取り違わないようにしていくことが決め手になると思います。時間の使い方も上手になり生活が変わりますよ。現在の私の体重は目標の70kgを達成、体脂肪率は20%以下が目標ですが、現在21%です。今年中に69kg・19%を達成したいと思っています。「強く思えば達成できる」と信じて。

海に浮く空港

 日経ビジネスの坂田亮太郎記者による「海に浮く空港」の記事を興味深く読みました。航空需要の拡大と利便性を向上するため、羽田空港の年間発着回数を大幅に増やす。斬新な建築工法で環境を破壊しないで、海の上に空港を作る。私は羽田空港の拡張工事は知っていたが、中身については知る術がなかった。今回の記事を読んでよく理解できたので、ぜひ紹介したい。

 

滑走路の下を自由に水が流れる

出張や旅行で、次に羽田空港を使うことがあったら、窓際の席を予約することをお勧めする。運が良ければ、今しか見られない珍しい光景を目にすることができるからだ。

37号ブログ写真①.jpg建設が進む羽田空港のD滑走路。多摩川の河口にかかる部分の土台は桟橋構造になっており、滑走路の下を水が流れる (提供:羽田再拡張D滑走路JV 2009年6月23日撮影)

 写真の手前に見えるのが、羽田空港の4本目となる滑走路だ。正式にはD滑走路と呼ばれる。2500メートルの滑走路のうち、東京都側(写真では左側)の約3分の1の土台が、鋼鉄製の桟橋でできている。残りは従来の拡張工事と同様に、埋め立てで土地を造成している。

 

   今回、すべての土台を埋め立てにしなかった理由は、環境への配慮からだ。D滑走路の一部は、写真の奧に見える多摩川の河口部分にかかっている。土台すべてを埋め立て構造にしてしまうと川の流れを遮ってしまう。そのため、滑走路の下でも水が自由に流れるように、土台を桟橋構造にしたのだ。

37号ブログ写真②.jpg桟橋の下には、滑走路を支える鋼管が無数に林立している。ステンレス製のライニングで覆われ、サビを防ぐ対策も万全だ (写真:村田和聡)

 桟橋を支えているのは海底に打ち込まれた鋼鉄の柱だ。東京湾の水深は羽田沖で14~19メートルで、さらに海底から下に20メートル近くは、軟弱な地盤になっている。

そのためジャンボジェット機でも安全に離発着できるように、直径1.6メートルもの太さの鋼管を海底70メートルの深さまで打ち込んである。

 

海水にさらされても100年使える耐久性

 その鋼管の上に設置されるのが「ジャケット」と呼ばれる鋼製のユニット構造物である。 6本の杭を1組にして1基のジャケットを設置する。ジャケット1基の大きさは幅63メートル、奥行き45メートル、そして高さが32メートル。13階建てオフィスビルに相当する大きさで、1基の重さは約1300トンにも及ぶ。

37号ブログ写真③.jpg13階建てオフィスビルに相当する大きさの鋼製のジャケット。地上で組み立て海上を曳航する (写真提供:羽田再拡張D滑走路JV)

 今回、多摩川の流れを遮らないように桟橋構造を採用したが、課題はサビとの戦いだった。海水を常に浴びる環境でも滑走路は100年間使用できる耐久性が求められた。 ジャケットの下面はサビに強いチタン製のカバープレートで覆われているほか、鋼管もステンレスを使って耐海水性能を高める特殊な表面処理が施されている。

 

東京ドーム40倍の広さ、東京タワー100塔分の鋼鉄

 ジャケットを製作しているのは新日本製鉄とJFEホールディングスの2社だ。 両社はそれぞれ地上の製作工場でジャケットを組み立て、船で曳航して羽田空港まで持ってくる。地上で事前にジャケットを作り込んでおくことにより、気象条件によって大きく左右される海上での作業を極力減らすことができる。

37号ブログ写真④.jpg空から見ると巨大なジャケットもブロックのように見える (写真提供:羽田再拡張D滑走路JV 2009年6月23日撮影)

 これらのジャケットを全部で198基つなぎ合わせることで、海の上に約52ヘクタールもの"土地"が作り出される。これは東京ドームのグランドの40面分に相当する広さだ。

 

    D滑走路とターミナルを結ぶ誘導道路も桟橋構造となっており、合計すると43万トン余りの鋼材を使用されている。東京タワーに換算すると、100棟分に匹敵する量の鋼鉄が使われているのだ。

実際に桟橋の上に立つと鋼鉄の滑走路の大きさが実感できる。 取材班が工事現場を訪れたのは今年3月上旬。据え付けられたジャケットは120基分で全体の6割程度に過ぎなかったが、それでもジャケットの上に立つと海面が見えなくなった。 岩盤にまで到達した杭のおかげで、近くでクレーン車など重機が動いていても床が揺れることはない。自分が海の上にいることを忘れてしまうほどだ。

 

37号ブログ写真⑤.jpg

ジャケットをつなぎ合わせている海上の工事現場 (写真:村田和聡)

 

41カ月しかない施工期間

 今回の拡張工事の総事業費は5700億円にも上る。現在、日本国内で進行している建設事業の中でも最大級の1つだ。

37号ブログ写真⑥.jpg

海上の工事現場の上を飛行機がひっきりなしに飛ぶ (写真:村田和聡)

 

 大手ゼネコンの鹿島が幹事会社となり、海洋土木や港湾建築工事を引き受ける建設業者(マリンコンダクター)や鉄鋼会社など15社が「羽田再拡張D滑走路建設工事共同事業体」を結成して工事を進めている。

 これだけ大きな事業であれば、通常なら7~8年の施工期間が設定されるところだが、今回はその約半分の41カ月(3年5カ月)しか与えられていない。しかも、今回の工事には羽田空港特有の難しさがあった。

 

  最大の課題は、工事に使う重機に「高さ制限」があったことだ。D滑走路のすぐ横には、ラッシュ時ともなると2分に1回の頻度でジャンボジェット機が離発着を繰り返すA滑走路とC滑走路がある。そのため、飛行機の運行を妨げないよう、クレーンなどの高さが厳格に制限されていたのだ。

飛行機の飛ばない夜間であれば背の高い大型重機も使えたが、昼間の時間帯も工事を進めなければ短い工期に間に合わない。そこで今回の工事用に特別に改造された重機も投入された。その1つが、ジャケットを据え付ける「低頭起重機船」だ。

 

37号ブログ写真⑧.jpgジャケットをつり上げる低頭起重機船。今回の拡張工事のために改造して高さを低く抑えた (写真:村田和聡)

 

  陸のクレーン車に相当するのが起重機船である。低頭起重機船はクレーンに相当する部分が途中から曲がったような構造になっている。 高さ35メートルのジャケットを釣り上げた状態でも、海面からの高さが50メートル程度になるように設計されている。これならば、滑走路近くの厳しい高さ制限にも抵触することはない。

 

発着能力は年間10万回増えて約41万回に

 起重機船以外にも羽田空港周辺には「働く船」が集結している。 軟弱な地盤を改良する「サンドコンパクション船」や資材を運搬する「バージ船」などが頻繁に往来する羽田沖は、さながら海の工事現場とも言うべき様相を呈している。

 共同事業体で接続部・桟橋工区の田中秀夫所長(鹿島から出向)は「東京湾の中でも、とりわけ羽田周辺は航行する一般の船舶が多い。作業船が安全に往来できるように、衛星なども駆使して運航を管理している」と語る。

 D滑走路の拡張工事は365日24時間休みなく続けられている。計画通りに工事が進めば、2010年10月に新滑走路の利用が可能となる。年間の発着能力を現行の30.3万回から40.7万回へと一気に34%も増えることになる。

 

 

 

 

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