海に浮く空港

 日経ビジネスの坂田亮太郎記者による「海に浮く空港」の記事を興味深く読みました。航空需要の拡大と利便性を向上するため、羽田空港の年間発着回数を大幅に増やす。斬新な建築工法で環境を破壊しないで、海の上に空港を作る。私は羽田空港の拡張工事は知っていたが、中身については知る術がなかった。今回の記事を読んでよく理解できたので、ぜひ紹介したい。

 

滑走路の下を自由に水が流れる

出張や旅行で、次に羽田空港を使うことがあったら、窓際の席を予約することをお勧めする。運が良ければ、今しか見られない珍しい光景を目にすることができるからだ。

37号ブログ写真①.jpg建設が進む羽田空港のD滑走路。多摩川の河口にかかる部分の土台は桟橋構造になっており、滑走路の下を水が流れる (提供:羽田再拡張D滑走路JV 2009年6月23日撮影)

 写真の手前に見えるのが、羽田空港の4本目となる滑走路だ。正式にはD滑走路と呼ばれる。2500メートルの滑走路のうち、東京都側(写真では左側)の約3分の1の土台が、鋼鉄製の桟橋でできている。残りは従来の拡張工事と同様に、埋め立てで土地を造成している。

 

   今回、すべての土台を埋め立てにしなかった理由は、環境への配慮からだ。D滑走路の一部は、写真の奧に見える多摩川の河口部分にかかっている。土台すべてを埋め立て構造にしてしまうと川の流れを遮ってしまう。そのため、滑走路の下でも水が自由に流れるように、土台を桟橋構造にしたのだ。

37号ブログ写真②.jpg桟橋の下には、滑走路を支える鋼管が無数に林立している。ステンレス製のライニングで覆われ、サビを防ぐ対策も万全だ (写真:村田和聡)

 桟橋を支えているのは海底に打ち込まれた鋼鉄の柱だ。東京湾の水深は羽田沖で14~19メートルで、さらに海底から下に20メートル近くは、軟弱な地盤になっている。

そのためジャンボジェット機でも安全に離発着できるように、直径1.6メートルもの太さの鋼管を海底70メートルの深さまで打ち込んである。

 

海水にさらされても100年使える耐久性

 その鋼管の上に設置されるのが「ジャケット」と呼ばれる鋼製のユニット構造物である。 6本の杭を1組にして1基のジャケットを設置する。ジャケット1基の大きさは幅63メートル、奥行き45メートル、そして高さが32メートル。13階建てオフィスビルに相当する大きさで、1基の重さは約1300トンにも及ぶ。

37号ブログ写真③.jpg13階建てオフィスビルに相当する大きさの鋼製のジャケット。地上で組み立て海上を曳航する (写真提供:羽田再拡張D滑走路JV)

 今回、多摩川の流れを遮らないように桟橋構造を採用したが、課題はサビとの戦いだった。海水を常に浴びる環境でも滑走路は100年間使用できる耐久性が求められた。 ジャケットの下面はサビに強いチタン製のカバープレートで覆われているほか、鋼管もステンレスを使って耐海水性能を高める特殊な表面処理が施されている。

 

東京ドーム40倍の広さ、東京タワー100塔分の鋼鉄

 ジャケットを製作しているのは新日本製鉄とJFEホールディングスの2社だ。 両社はそれぞれ地上の製作工場でジャケットを組み立て、船で曳航して羽田空港まで持ってくる。地上で事前にジャケットを作り込んでおくことにより、気象条件によって大きく左右される海上での作業を極力減らすことができる。

37号ブログ写真④.jpg空から見ると巨大なジャケットもブロックのように見える (写真提供:羽田再拡張D滑走路JV 2009年6月23日撮影)

 これらのジャケットを全部で198基つなぎ合わせることで、海の上に約52ヘクタールもの"土地"が作り出される。これは東京ドームのグランドの40面分に相当する広さだ。

 

    D滑走路とターミナルを結ぶ誘導道路も桟橋構造となっており、合計すると43万トン余りの鋼材を使用されている。東京タワーに換算すると、100棟分に匹敵する量の鋼鉄が使われているのだ。

実際に桟橋の上に立つと鋼鉄の滑走路の大きさが実感できる。 取材班が工事現場を訪れたのは今年3月上旬。据え付けられたジャケットは120基分で全体の6割程度に過ぎなかったが、それでもジャケットの上に立つと海面が見えなくなった。 岩盤にまで到達した杭のおかげで、近くでクレーン車など重機が動いていても床が揺れることはない。自分が海の上にいることを忘れてしまうほどだ。

 

37号ブログ写真⑤.jpg

ジャケットをつなぎ合わせている海上の工事現場 (写真:村田和聡)

 

41カ月しかない施工期間

 今回の拡張工事の総事業費は5700億円にも上る。現在、日本国内で進行している建設事業の中でも最大級の1つだ。

37号ブログ写真⑥.jpg

海上の工事現場の上を飛行機がひっきりなしに飛ぶ (写真:村田和聡)

 

 大手ゼネコンの鹿島が幹事会社となり、海洋土木や港湾建築工事を引き受ける建設業者(マリンコンダクター)や鉄鋼会社など15社が「羽田再拡張D滑走路建設工事共同事業体」を結成して工事を進めている。

 これだけ大きな事業であれば、通常なら7~8年の施工期間が設定されるところだが、今回はその約半分の41カ月(3年5カ月)しか与えられていない。しかも、今回の工事には羽田空港特有の難しさがあった。

 

  最大の課題は、工事に使う重機に「高さ制限」があったことだ。D滑走路のすぐ横には、ラッシュ時ともなると2分に1回の頻度でジャンボジェット機が離発着を繰り返すA滑走路とC滑走路がある。そのため、飛行機の運行を妨げないよう、クレーンなどの高さが厳格に制限されていたのだ。

飛行機の飛ばない夜間であれば背の高い大型重機も使えたが、昼間の時間帯も工事を進めなければ短い工期に間に合わない。そこで今回の工事用に特別に改造された重機も投入された。その1つが、ジャケットを据え付ける「低頭起重機船」だ。

 

37号ブログ写真⑧.jpgジャケットをつり上げる低頭起重機船。今回の拡張工事のために改造して高さを低く抑えた (写真:村田和聡)

 

  陸のクレーン車に相当するのが起重機船である。低頭起重機船はクレーンに相当する部分が途中から曲がったような構造になっている。 高さ35メートルのジャケットを釣り上げた状態でも、海面からの高さが50メートル程度になるように設計されている。これならば、滑走路近くの厳しい高さ制限にも抵触することはない。

 

発着能力は年間10万回増えて約41万回に

 起重機船以外にも羽田空港周辺には「働く船」が集結している。 軟弱な地盤を改良する「サンドコンパクション船」や資材を運搬する「バージ船」などが頻繁に往来する羽田沖は、さながら海の工事現場とも言うべき様相を呈している。

 共同事業体で接続部・桟橋工区の田中秀夫所長(鹿島から出向)は「東京湾の中でも、とりわけ羽田周辺は航行する一般の船舶が多い。作業船が安全に往来できるように、衛星なども駆使して運航を管理している」と語る。

 D滑走路の拡張工事は365日24時間休みなく続けられている。計画通りに工事が進めば、2010年10月に新滑走路の利用が可能となる。年間の発着能力を現行の30.3万回から40.7万回へと一気に34%も増えることになる。

 

 

 

 

前の記事へ一覧へ戻る次の記事へ

最近のエントリー

カテゴリ

月別に見る

検索


ページ先頭へ