プロジェクト名「NEXT」36

こんにちは、広報の海老原です。仕事納めまであと残すところ、今日も含めて2日です。1年を振り返るとなんと言っても東北大震災です。今も工場が震災の影響で一時稼働不可状態に陥りましたが、取引先の各お客様と機械メーカー殿の復旧作業のおかげで早く復旧が出来たことを感謝しています。

今回は北村調査員のトヨタ自動車工場見学の感想を載せます。

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            左から瀬畠・高橋・海老原・清水・北村

 

大型の台風が本州に上陸、停滞するという異常な状況の中94日の日曜日朝に会社へ集合した。名古屋へ向かい23日の日程で会社、工場見学を行うためだった。

集合したのは5名。いずれも会社の中で製造や機械に深く関係するメンバーで今回の工場見学をもとに会社の製造ラインやものづくりの仕組み、機械保守に至るまでの改善を実行し結果を出すことを目的としている。

見学会場へ到着後手続きの後見学工場へ向かうまでの間会場内を見学した。現在の自動車技術、未来への自動車産業の展望が展示されておりやはりトヨタ生産方式の展示ではかんばん方式、アンドンの説明、これから見学する組み付け工場ラインの模型等があり、工場をイメージしながら見て回った。

時間になり見学者グループごとに振り分けられた各工場行きのバスに乗り込む。私たちが向かう工場は元町工場となった。クラウンやマークX、エスティマを生産する工場である。

バスはトヨタ創業時の本社前を経由し元町工場へと向かう。カメラ、携帯電話は持ち込み不可のため事前にロッカーへ預けてきていた。やはり情報管理はきちんとしているのだなと実感した。

元町工場へ到着しバスが停車したところは工場見学専用の入り口だった。結果的にバスを降り、見学を終えて再び帰りのバスに乗るまで一本の工場見学専用通路のため工場に勤める方たちと通り過ぎたりする事は無かった。常時見学者の数も相当のはずなので当然のこととは思ったが勤務者の雰囲気等も感じられればと勝手に期待してしまっていただけに少し残念であった。

工場敷地内は特別最新の建屋、装置が並んでいるわけではなく歴史ある見た目は簡素などの工場でも見受けられるものだった。ただ、ひたすらきれいでごみや油のシミなどなく敷地内表示物はいずれも目に留まりやすく見やすい位置についている。何も考えずに歩けばごく普通の工場でしかないが注意してみると当たり前のことが徹底的になされているのだと感じた。それも強制的な雰囲気はなくごく自然に。

工場内に入ると見学通路は上部に渡り廊下の形をとり配置されていて工場の生産とは全く支障のない形式で進んでいく。工場内の第一印象は倉庫かと思うほど人がいなく組み付けラインにおいてもラインそばで作業する作業者しか認識できない。時折配膳のため輸送車を運転してきて部品補充を行い走り去る運転者が目に入るだけ、人が長い範囲を歩いていないのである。ラインを流れていく組み付け車両はもちろんゆっくりと流れ組み付け担当者が担当する決まったエリアを小気味よく動いている。工場内の騒音は少なくアンドンの表示音が鳴ったり鳴り止んだりを繰り返している。

アンドンの点灯は頻繁で工場内で1分に1回ほど。点灯番号の作業場所を見ていると作業担当者の他にもう一人やってきて一緒に眺め、話をして30秒ほどでアンドンは消灯しリーダーらしき人は去っていった。内容にもよるのだろうが些細な点でも気になったことはすぐにアンドンを点けて報告、相談をすることが当たり前なのだろうなと感じた。

工場内の納入品置き場は入り口と出口が同じ方向に定められ一直線に並んでいる。配膳作業者は決まって出口側から運搬車に積み込み出発していく。ラインの作業者が部品を取り出す棚の背面から速やかに部品を補充してゆく。帰りのバスで案内係の方に質問したが組み付け工場400人勤務のうち1020%が配膳担当ということなので単純に配膳担当者は2040人分の組み付け作業部品を補充していることになる。無駄のない作業で迷うことなく回らないと実行できないだろう、これもまた試行錯誤を繰り返し行い達成したのだろうと感じた。

建屋が変わり溶接工場へと移動するとこちらは一転して全て自動機が溶接を行なっていた。作業者は一人もいない。したがって異常時に引っ張る紐もなければ点灯して知らせるアンドンもない。いわゆる異常を検知し自動的に停止する「自働化」がなされている。こちらも機械の進歩に知恵を加え少しずつ自働化され作業者が減っていったのだろうと想像した。

工場内見学を終えて帰りのバスに乗るまでに屋外で数人の社員らしき人をみかけたが工場内の作業者はもちろん誰一人うつむいて歩いているような方はいなかったのも印象的だった。

元町工場の見学を終えてトヨタ自動車博物館へと移動。博物館内で遅い昼食を済ませ館内見学を行なった。館内はアメリカを始めとした世界の自動車創世記の車両から日本のトヨタ製1号車を始めとした各年代の車両が並び見ごたえがある。別館では日本の時代背景と合わせた当時の車両が展示されており、人力で動かしていたころのリヤカー、薪を燃やし走る薪トラック、ガソリン車へと移り変わりが見て取れる。動力の発展や人々の生活環境の進歩によりその時その時のニーズがあって技術の開発がなされてきたのだと感じた。

そしてそれは豊田佐吉が母のために自動織機を発明したことそのものだったと思い返しながら日常私たちが職場又は、現場で困ったこと、こうありたいと思うイメージを試行錯誤し積み重ねて続け実現させなければと感じる。今回見たものをそのまま模倣して効果のあるだろう、しかしその大半は趣旨と意味を理解し私たちの製造工場のものづくりの仕組みも含めて現実的な形として展開させなければ継続させることも効果を出すことも難しいだろうと感じる。

名古屋駅までの車中でトヨタ生産方式とは?に対しわかりやすく述べたことも模倣をするためではなく意味を理解できたかの最後の確認であったと感じ帰りの新幹線に乗り込んだ。

今後日常業務をこなしながらネクストでは実務をよくよく分析しあるべき姿にするため改善し、その趣旨をネクストだけの独りよがりにならぬよう作業に関わる全員と共有しながら望んでいかなければと強く感じた。

 

北村調査員の感想でした。あらゆるモノを共有しながら進んで行きたいですね。

来年も熱くNEXTは協立の発展の為に動をしていきます。期待して下さい。

また来年も宜しくお願いします。

 

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